03


「わぁぁぁっ!?」

がばりと勢い良く身体を起こす。ばくばくと激しく鼓動する胸を押さえてきょろきょろと挙動不審げに俺は辺りを見回した。

「ん…?どうした廉?」

そして直ぐ隣から聞こえてきた声にぎょっとして俺は後ずさる。

「あ〜…寝ちまったのか俺達」

小さく欠伸を漏らした工藤はローテーブルの上に広げっぱなしになっていた教科書とノート、プリントを眺めて呟く。

そうだ、俺は工藤と一緒に工藤の家でテスト勉強をしていて。

「だからってあんな夢…」

思い出して顔が熱くなる。

「おい廉?どうし…」

「…やっ」

心配気に額に伸ばされた工藤の手を思わず俺は払ってしまう。

「………」

「あっ、ごめ…」

「いや…」

払った手を何故か工藤は凝視していてポツリと言葉を落とす。

「さっきのはやっぱり夢か」

「え?」

「ん?」

呟かれた夢という単語に反応すれば工藤と視線がぶつかる。

「お前も何か見たのか?」

「じゃぁ工藤も?」

頷き返されて俺も頷き返す。とてもじゃないが内容は口には出来なかったけど。逆に工藤も夢の内容については何も言わなかった。

でも何で二人して居眠りなんて?

首を傾げた俺に工藤はテーブルの上に置かれていたティーカップを手に取る。
カップの中にはお昼を食べた後に淹れた紅茶が入っている。

「原因はこれかもな」

「紅茶が?」

「あぁ。貰った時に店員が何か言ってただろ」

昼食は外に出て近場のカフェでとったのだ。

確か店員は…
こちらは来店したカップル様限定で差し上げております、当店オリジナルティーで御座います。
もし宜しければお二人でお飲み下さい。それでは素敵な時間を…、と。

色々と間違っているがカフェで頼んだ紅茶が美味しかったので貰えるものは貰ってきたのだ。

「寝る前にハーブティーを飲むと良く寝れるだとか紅茶はリラックスできるだとか詳しく知らねぇけど何かあるだろ?」

オリジナルらしいからそんな効果があってもおかしくはない。

もっともらしい説明に俺もそのせいかと納得する。

それから手にしたカップをテーブルの上に戻して工藤は独り言のように呟いた。

「素敵な時間なぁ。まぁあながち間違いではなかったか」

何を思い出したのか柔らかく表情を崩した工藤を目にしてじわりと頬が熱を持つ。

「〜〜っ」

だから何で。俺は何を。
慌てて工藤から視線を反らして首を横に振る。
素敵な時間って俺の見た夢は…。
思い出すだけで胸がどきどきして頬が火照ってくる。

「俺は別にあんなこと…」

ぐるぐると考え込んでいればくつりと思わず漏らしてしまったような笑い声が耳に飛び込んでくる。そちらにちらと目を向ければ工藤が俺を見て笑っていた。

「なに一人で百面相してるんだ?」

「うっ…」

「そんな考え込むような夢でも見たのか?」

「えっと…」

「そうだな。例えば……俺の夢でも見たか?」

ふっと口端を緩め、冗談混じりに投げられた台詞にどきりと鼓動が跳ねる。

「そっ、そんなわけないだろ!何で俺が工藤の夢なんて…」

あっさり見抜かれたことに驚き、妙な焦りを感じて俺は思わず言葉を詰まらせた。視線の先で工藤は一瞬目を見張り、再び笑みを溢す。

「そうか」

瞳を細め、嬉しげな表情を浮かべた工藤に俺は落ち着かなくなって外した視線をうろうろとさ迷わせた。
後ずさった分側へと近付いてきた工藤が手を伸ばす。

「……っ」

それに気付き俺は僅かに身を堅くした。
伸ばされた手はそれでも止まることなくぽんと俺の頭の上に乗せられる。

「カフェで買ったマカロン食うか?」

「……う、ん」

答えればくしゃりと頭を撫でて工藤の手は離れていく。それ以上の接触もなく俺はほっとしたと同時に何だかすっきりとしない気持ちに包まれた。

それだけ?と胸の中に降って沸いた疑問に違和感を覚えるでもなく、その気持ちに従って立ち上がった工藤を見上げる。
すると見下ろしてきた視線とぶつかり、工藤は何だか困ったように眉を下げた。

「お前って…」

「……?」

首を傾げた俺の側に、立ち上がったばかりの工藤が膝を着く。

「くど…」

「ほんと可愛いよな」

同じ目線になったと思った次の瞬間ふわりと視界を塞がれる。綺麗に染められた金の髪が頬を擽り、唇に柔らかな温度を感じる。

「んっ…」

ゆっくり、離れていく端整な顔に伏せられた瞼。
キスされたんだと鈍くなった頭で理解してカッと頬を熱くさせた。

「なっ、な、何―…!?」

「キス…して欲しそうだったから」

「誰がっ」

「お前が。でも違ったなら俺がしたかったから」

ゆるりと笑って、今度こそマカロン用意してくるなと工藤は席を立つ。
その背中を顔を赤く染め上げたまま言葉も無く俺は見送った。



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